山の手猫まんま

帰ったら、食べたいものは決まっていて、もう頭の中はそれでいっぱい。玄関が見えたあたりから、最後はこけつまろびつ、駆け込んで、一目散で台所へ。

叔母も心は急くものの、着ていたよそゆきの気取ったスーツは脱がなきゃならない。その間に、私はしゅっしゅ~と削りはじめる。

朝、炊きあがっていたごはんを確認、よし!Tシャツにペチコート姿の叔母がともかくは小どんぶりを二つ並べる。

冷蔵庫から出したバターをふたかけ入れ、その上にごはんをふかっと盛る。決してぎゅっと盛ってはならない。削ったはなから鰹節をのせていくと、ふわっわわっとダンスする。そこへ、間髪入れずに醤油をたらり。

すぐに箸で底からまぜながら、はふはふとたべる、いや、ここはかきこむ、が正しい。お行儀は悪いほどいいので、二人は立ったまま、はふはふはふ。

「うま~い!!」と私が雄たけびをあげる。叔母が嬉しそうに笑う。

1杯食べ終わると、一息ついて、お茶入れようか?と。やっと二人は台所の小さな丸椅子に座る。そして、バター醤油がかすかに残るどんぶりに、こんどは半分のごはん、粉になった削り残りの鰹節、焼きのりを揉んでぱらぱらとかける。濃い目に入れたほうじ茶をかけて、ざざざっーと。ふうーっ。

あれは叔母の家に下宿していた大学生のころ。玄関から、鰹節バター醤油ごはんまで、二人とも無言。今思うと可笑しくってたまらない。

バターたっぷりに、熱々のごはん、削りたての鰹節は、すかした山の手夫人だったはずの叔母の大好物。1度食べると、次の日も、次の日も食べたくなって、鰹節がちんまりとなるまで削って、二人で丸々と太ってしまうほど好きだった。

夫に従う上品な大正女は、叔父の前では決して食べなかったけれど、思えば、叔父にも食べさせてあげたら、二人の距離もぐっと近づいたのかも。

そうあれは、山の手猫まんま。なんだかんだ言っても、こういうのがいちばんおいしいのよ、と、いつも言っていた。

叔母が亡くなって、8年。最近よく、山の手猫まんまを思い出す。そして私も、バタバタと忙しい日、あ、帰ったら・・・と、白いごはんとバターと鰹節が組んず解れつする様子を妄想しながら、家路を急ぐのだ。

山脇りこ
RikoYamawaki

料理家。東京・代官山で料理教室『リコズキッチン』を主宰。旬の自家製のクラスやだしの教室も人気。長崎の旅館で生まれ、四季折々のしつらえと食材、美しい花、器に囲まれて育つ。なんでもつくる家だったことから自家製マニアに。旅好きで、世界&日本各地の市場や生産者を訪ねて、土地に根ざした味を探すことをライフワークにしている。醤油、味噌、酢などの蔵をまわる調味料マニアでもある。『いとしの自家製』(ぴあ)、『一週間のつくりおき』(ぴあ)、『明日から、料理上手』(小学館)、『今日の晩ごはんと明日のおべんとう』(家の光協会)など著書多数。

http://rikoskitchen.com/