鰹節はなぜ硬いのか?

「鰹節は世界で一番硬い食品である。」

この言葉を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。
それでは、「鰹節の硬さの秘密はカビが握っている」ということはご存知ですか?
発酵を愛する私にとって、鰹節の魅力は「おいしさ」にとどまらず、「発酵」を通しても見えてきます。
鰹節のなかでも本枯節は、カビを利用した発酵食品であり、知れば知るほどカビの性質が実に巧みに利用されているのです。

「カビ」と聞くと、食品を腐らせる悪者を連想されるかもしれませんが、カビの中にも良いカビと悪いカビがいます。

実は、カビの大半は毒素を生成する”悪いカビ”なのですが、日本人は毒素を出さない”良いカビ”を厳選して、あらゆる食品に活用してきました。
鰹節に利用されているカビは、当然ながら”良いカビ”です。そして、鰹節が世界一堅いのは紛れもなく、このカビのおかげなのです。
カビは水分を好む生き物であり、水分をぐんぐん取り込みながら繁殖していきます。
そのため、何度もカビ付けされた鰹節は、極限まで水分が抜かれ、世界一硬い食品になり得ます。

また、それだけではなく、カビのタンパク質分解酵素によって鰹のタンパク質がアミノ酸に分解され、旨味が爆発的に増えるのです。
さらに特筆すべきは、脂質分解酵素であるリパーゼ。

鰹に含まれる脂質を、カビのリパーゼが分解することにより、脂質の残存による酸化を防ぎ、同時に澄んだ出汁を可能にしています。
あらゆる発酵食品の中で、鰹節ほどリパーゼが明確な役割を果たしているものを私は知りません。
うま味に貪欲な日本人ここまでは、鰹節や発酵にちょっとでも詳しい方は誰もが知っている一般的な知識です。
それでは、私が発酵を通して鰹節に何を見るのかと言いますと、それは”いかに日本人がうま味に貪欲か”ということです。
納豆、味噌、醤油、漬物、酒など、日本の発酵食品の起源を辿ると、保存の過程で発酵したものや、または偶然の産物として生まれたものが多く、千年以上前に誕生したものが大半です。

一方、鰹節は歴史こそ古く、原型となる「堅魚」にいたっては約1700年前まで遡れるものの、カビ付け法が生まれたのはおよそ300年前と、わりに最近のこと。つまり、”発酵食品”としての鰹節の歴史は、意外と浅いのです。

これは一体、何を意味しているのでしょうか。
そう、鰹節は「カビがいなくても成立する」ということです。
納豆は納豆菌がいないと作れませんし、日本酒は麹菌や酵母がいないと作れません。
しかし、鰹節はカビがいなくても作ることができ、現にカビ付けしていない鰹節は「荒節」として一般に広く流通しています。
やはりカビ付けされた本枯節こそが最上級品として現在も不動の地位を築いているのは、まさしくカビの力の偉大さを物語っていますね。
もちろん、カビ付けの歴史には、輸送の過程で自然に生えてしまうカビに悩まされたことから、優良なカビを生やすことによって悪いカビを防ぐ技術を編み出したという経緯はあるものの、さらに何度もカビ付けする本枯節へと技術を向上させた日本人には、うま味への強い執着を感じずにはいられません。
よほどうま味を求めない限り、これほどの手間と時間をかけた作業には行き着かないことでしょう。鰹節の「カビ」を見つめてみると、日本人の”うま味への飽くなき探究心”が垣間見えてきます。

…そんなふうに鰹節について思いをめぐらせていたら、子供の頃に親の手伝いで鰹節をせっせと削っていた記憶が蘇ってきました。シュッシュッと小気味のいいリズム。削りたての鰹節の香りと、こっそりつまみ食いする美味しさ。最後まで削りきれない端っこは、ポイと口の中に放り込み、何時間も味わっていたものです。

あの頃の私にとっての鰹節と、発酵の面白さに出会ってからの鰹節は、少し違って見えます。
微生物は目に見えない存在ですが、私たちにいろいろな世界を見せてくれるものですね。

 

 

真野遥
発酵料理研究家ものづくりに興味を持ち、新卒で化学系商社に入社するも、「一番身近なものづくりは料理である」と思い立ち、食の道へ。
現在は、大好きな日本酒と発酵食を専門分野として、レシピ開発やコラム執筆、メディア出演など、幅広く活動している。